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ペンギン・ハイウェイ読みましたの回

 嫁が「お前、本しばらく買ってくるな」との圧政を敷いたのは、リビングに屹立する未読本の塔、通称「未読タワー」(そのまんま)がそろそろやばいことになってきてしまっていたからでした。

 やばい、つか飽和状態?

 もうこれは「新塔旗揚げ」的な展開?タワーだけに。


「上手くないわボケ」と嫁。
「でもでも」と私。「ほら、塔の最上部では嫁の未読階層もこんなにふくれあがっているよ」
「その下8割がたあんたの本やないか。もうこれ以上増やすのはまかりならんわい」

 必死の抗弁も空しく、書籍購入おあずけの刑、確定。

 むう。

 こうなってはとにかく塔をスカスカにする以外ない。


 で、手っ取り早く読める本、森見登美彦の新刊『ペンギン・ハイウェイ』読みました。
 森見登美彦は、デビューから一貫して「一人称人物が語るときに、その言葉が醸し出す視界の悪さ」で遊ぶ作家です。

 一人称人物の視界の悪さ、ではありません、念のため。

 彼らにはよく見えていますし、目を背けもしません。

 語り手にはそれぞれの事情(節度、美学、誤解、後の展開への恐怖など)があり、出来事を真逆に表現したり、脈絡を無視したりせざるを得ないのです。

 これは、語り手の扱う言葉の限界の問題です。
(殺人事件のトリックに組み入れると、その小説は「叙述ミステリ」ということになるでしょうか)



 で、森見作品では、時折この「言葉の限界」がそれぞれ一般の基準を踏み越えるように設定されています。
 例えば、出世作『夜は短し歩けよ乙女』の場合、私(先輩)と私(黒髪の乙女)は交互に語り手を担当するわけなのですが、別々の地点にいるはずの彼らは時折(読者に顔を向けて)バトンタッチをしてみせます。
 先輩のヘタレの裏返しである大言壮語も、乙女の確信犯的な天然っぷりも、お前らじつはぐるなのかよ、という疑いを孕んでさらに楽しく読める、という仕掛けです。

 そのほか『太陽の塔』『四畳半神話体系』『新釈 走れメロス』などの阿呆大学生どもによる、役にも立たぬ豊富な語彙の自虐は、京都という魔界の一種をその語りの中に取り込んでゆくにつれて、語り自体が魔物に変じて現実世界をもねじ曲げ、ラストに途轍もないスペクタクルを現出させます。


 今作、「ペンギン・ハイウェイ」はどうでしょうか。

 語り手は小学四年生。10歳です。

 ところが10歳らしからぬ語り口。大人顔負けの科学知識、論理的思考、適切な言葉の選択が彼の語りを彩っています。

 しかし、「ああ、こういう子供いるよ。いるいる」とはなかなかなりません。

 そういう風になったら、相当にむかむかしつつ読み進めるはめになったでしょう。



 ではなぜ、そうはならなかったのでしょうか。

 言い換えれば、なぜ私は読むにあたって、この世に数多くいる(そして過去にもいたし未来にもいる)凡百の秀才気取り小学生と、この語り手アオヤマ某君とを完全に区別して捉えたのでしょうか。

 なんというか、この語り手は非常に冷静で落ち着いているから。(世間並みの10歳男子児童は、児童とはいえまったく動揺せずにおっぱいなる単語を口に出すことはできない。断言)

 さらに、語り手が客観的であろうと努める副次的産物として、彼が語る対象が「もう二度と取り戻せないかもしれない瞬間」であふれているから。(「観測ステーション」で過ごす夏の日の午後、はいわずもがな、スズキ君の幼稚な嫌がらせまで、なんだかすでに失われてしまった過去のように扱われている。お姉さんとかよりこっちの小学生らしい小学生生活がなんだか羨ましく感じます)



 そして私は疑い出しました。

 本当にこの語り手は10歳なのでしょうか。


 さて、当然ながら作者は10歳ではありません。

 ですので10歳による語りを想定しつつ書いた小説です。やはりこれも当然。

 また、漢字にルビがふられてないことを考えると、10歳よりも高い年齢層の読者に呼んでもらうよう想定しつつ出版された小説です。

 で、森見登美彦は「10歳の語りとはおそらくこのようであろう」というコンセンサスのようなものをあっさり無視して、書いてしまったと思われます。



 語り手の言葉が生み出す視界の悪さを、「10歳という年齢設定ゆえに」というところに落とし込むのを嫌ったのでしょうか。

 その視界の悪さ、語り手の言葉の限界は、かつて10歳だった大人の読者も共通して直面し続ける何かであるからです。

 ところが、この直面し続ける何かについては、「10歳ということになっているから」ということで直面が大目に見てもらえる何かで、20歳そこそこの兄ちゃんが大まじめにこんなことを宣っていたのでは正直キツイところがあります。

 で、20歳そこそこの兄ちゃんにふさわしい語り口といえばもう「太陽の塔」方式しかないわけです。




 こうして年齢設定を無視したような語りは、年齢設定に救われつつ進み、死への恐怖、恋に落ちる奇跡、別離の悲しみ、愛を貫く決意、とかそういうのをその限界のぎりぎりで表現しようと試みます。

 あの「太陽の塔」のイタさにスレスレのところ、というスリルを楽しむ。

 今回はそういう遊びかな、とか思ったりしたのでした。



 違うかな。まあいいや。

 それから、百歩譲って10歳ということを鵜呑みにしてしまっても、終盤の、この一行は依然として疑わしいのです。

 
 「お姉さんに言ったとおり、ぼくは泣かなかった。」

 
 信じてやる義理はまったくありません。

 泣きたいと思った方は、アオヤマ某君と一緒に大いに泣くのもよいでしょう。


 名作です。またしても。

 個人的にはウチダ君の「あぶない」が好き。


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テーマ:現代小説 - ジャンル:小説・文学

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Author:ダルニ
東大阪→高松市在住。書店員
年上の嫁と小六の息子との3人暮らし。

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